

ABOUT
畠山牧場について
大空町について
大空町は平成18年3月31日に女満別町と東藻琴村が合併して誕生しました。
町名の由来は「女満別空港」があることや澄み切った大空とその下に広がる豊かな大地のもとで、
晴れ晴れした気持ちで暮らしていく事をめざすという意味から命名されました。
盛んに行われている産業としては、農業、酪農、漁業などがあります。
特に農業は大空町の総面積のうち、農地の割合が約50%と非常に高くなっています。
そして漁業も特徴的な漁業を行っており、内水面漁業という河川・池・沼など淡水における漁業を行っています。
大空町における漁場は網走湖となっています!冬の網走湖では「ワカサギ釣り」が人気です!



また町のシンボルマークには、オホーツクの空の玄関である女満別空港を表す、愛らしいキャラクターの「そらっきー」も配置されてます。
また、桜の開花時期は東藻琴にある「ひがしもこと芝桜公園」の敷地いっぱいに広がる芝桜が圧巻です。
東藻琴は酪農が盛んな町なので、芝桜でご当地キャラクターの「ノンキーくん」が描かれていたります。
これからの大空町は「大空に 人・花・心 育むまち」を目指し、町民みんなが輝いて生き生きと暮らしていけるまちづくりを進めていきます。
畠山牧場について
「日本の食卓を支える」という誇りを忘れない
酪農を通じて人生を豊かに
「日本の食卓を支える」という誇りを忘れない
酪農を通じて人生を豊かに


人間が生きるうえで最も必要なもの「食糧」 人生をより豊かにしてくれるもの「食卓」
わたしたち畠山牧場は、酪農を通じて日本の皆様の安心で安全で楽しい日々の食卓を支えていきたいと考えています。
健康な牛達から生産される牛乳やお肉が、皆様の生活をより豊かにしてくれると信じています。
戦後まもなく開拓者として入植したのが当牧場の始まりです。
自分達が食べるのもやっとだった時代に、原生林や熊笹に覆われたこの地を切り開き、大地に鍬を入れ、気候に恵まれない土地で牛を飼うしかなかった。
そうして少しずつ少しずつ牧場は大きくなってきました。
先代である私の父は、近代酪農の急激な発展の中、常に厳しい情勢に晒されている酪農業界で、先人の想いを引き継ぎ、日々の努力の成果で牧場は大きく発展してきました。
そうして2019年より経営を引き継ぎ、新たなステージを歩み始めました。
これからは新しい時代の酪農の形を模索しながら、牛と自然に向き合い、酪農を通して地域や日本を支えていきたいと思います。
代表取締役 畠山康弘
畠山牧場の取り組み
- 「美味しい牛乳は、牛の健康管理から」
-
- 子牛を外部預託せず、生れてから当牧場で大切に育てますのでストレスがありません。
- 最新IoT機器「Farmnote Color」を活用して、誰でも乳牛の発情発見、疾病発見が判り易くなっています。
- 「牛の健康は足元から!」朝・夕の搾乳の時に蹄洗浄をして蹄病予防をしています。
- 乳頭洗浄機「ティートクリーン」を使用して清潔な搾乳作業を心がけています。
- 美味しい牛乳は、牛の食べ物からと餌にこだわっています。

- 人にも牛にも優しい環境づくり
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当牧場は、人にも牛にも優しい環境づくりを行っています。
例えば乳頭清掃装置を設置し、スタッフの負担を減らすようにしたり、
「ファームノート」というクラウド牛群管理システムを使用し、
牛たちの健康管理を、誰でも細かく正確に把握できるようにし、
スタッフの労働力の削減をしながら、品質管理の向上を実現しています。また当牧場は、牛の餌に関して勉強を重ね、とうもろこし・ふすまペレット・麦の皮を
混ぜ合わせたものや、ヘイキューブといった細切りにした牧草を整形したものを使用しています。

- 循環型農業の取り組み
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そして地元の農家みんなで地域を発展させていく為、循環型農業としての取り組みも行っています。
地域の畑作農家の方から麦稈ロールを分けてもらい、それを牛たちのベットとして寝床に敷きます。
そして畠山牧場から出た堆肥を農家の方に渡し、土質をよくする為に使ってもらいます。
こうした流れでオホーツクの農業を循環しています。循環型農業とは、家畜のフンを堆肥に加工し、堆肥で野菜や穀物を育て、
野菜屑や穀物を再び循環利用し、家畜の飼料にする持続可能になりうる農業です。




会社概要


企業名 | 有限会社畠山牧場 |
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所在地 | 北海道網走郡大空町東藻琴山園485-8 |
電話番号 | 0152-66-3404 |
設立 | 2002年3月1日 |
代表取締役 | 畠山康弘 |
従業員 | 9名(うち外国人技能実習生4名) |
飼養頭数 | 360頭(経産220頭、育成牛140頭) |
総敷地面積 | 156ha |
設備 | フリーストール牛舎 / 乾乳育成牛舎 / 堆肥舎 / バンカーサイロ / パラレルパーラー8W |
会社沿革
1948年 (昭和23年)5月 |
広島県安芸郡矢野町(現在広島市安芸区矢野)より県庁職員をしていた畠山秀夫(47歳)5人家族が戦後開拓者として現在の津別町恩根に入植する。 しかし谷地と石の多い土地で、開拓の将来を見通せないと判断した秀夫はわずかに作付したイモ・豆を収穫せず移転。 |
---|---|
8月 | 現在地である旧東藻琴村東洋に入植。藻琴山の中腹に位置し、原生林と人の背丈以上もある熊笹におおわれ、開墾作業は困難を極めた。 |
1952年 (昭和27年) |
北海道からの貸付牛が1頭導入される。 |
1964年 (昭和39年) |
北海道からの貸付牛が1頭導入される。幾度となく冷害に襲われ畑作に見切りを付け酪農専業に舵を切る。 |
1965年 (昭和40年) |
20頭規模の牛舎を新築する。 |
1967年 (昭和42年) |
トラクターが導入される。(4戸共同) |
1971年 (昭和46年) |
24頭規模のスタンチョン牛舎を増設する。(ブロックタワーサイロ併設) |
1972年 (昭和47年) |
第1次構造改善事業(道営)にてトラクターや収穫作業機一式を導入。(共同) |
1974年 (昭和49年) |
46頭規模のスタンチョン牛舎を新築(ブロックタワーサイロ併設)※現在の哺育舎 |
1980年 (昭和55年) |
隣地牧場の離農に伴い、牛舎を取得し、ホル雄肥育を始める。(70頭規模) |
1985年 (昭和60年) |
繁治が急逝(享年48)。ホル雄肥育を止め、育成牛舎に活用する。 |
1990年 (平成2年) |
昭和49年築のスタンチョン牛舎に併設してフリーストール牛舎(30ベット)と分娩房を建設し、入れ替え作業にて搾乳する。 |
1993年 (平成5年) |
86ベットのフリーストール牛舎と8Wのミルキングパーラーを新築する。(事務所、研修寮併設) |
2001年 (平成13年) |
概存のフリーストール牛舎に66ベットを増築する。 |
2002年 (平成14年) |
有限会社 畠山牧場を設立し法人化。代表取締役に畠山俊弘(現会長)が就任。 |
2004年 (平成16年) |
大雪により乾乳舎と育成舎が倒壊、建て替え。 |
2005年 (平成17年) |
概存のフリーストール牛舎に17ベットのフレッシュ牛群、治療房を増設。 |
2006年 (平成18年) |
現代表 畠山康弘が入社。 |
2007年 (平成19年) |
外国人技能実習生の受け入れ開始。 |
2019年 (平成31年) |
現代表 畠山康弘が代表取締役に就任。 |